昔話に花が咲いて、珍しく、ケビンが笑った。 スウはその笑みに、昔と変わらない心優しく素直な青年の姿を見る。元来お喋りが好きで、寂しがりな性質だと知っていた。楽園の永い時ですら過去の傷痕を癒すことはできないが、こうした他愛もない会話でほんのひと時でも楽しい気持ちになってくれたらいい。そう思って、スウはコミュニケーションを惜しまなかった。 なにしろ、ケビンが緩んだ顔を見せられる相手は、この楽園ではスウしかいない。 (――僕だけ、の) ざわりと心の底が波打つ。この考えは危険な気がして、スウは思考をすぐさま打ち消した。この封鎖された楽園では、ほんの些細な変化が、何年、何万年後に致命的な歪みとなって、何かを壊すから。 スウは微笑みを返しながら、内心で決めた。 (今日の記憶は消してしまおう) つとめて慎重に、揺れた水面にそれ以上触れないように、目を背ける。何十年ぶりかに見た笑顔を忘れてしまうのは、少し勿体ない気がしたけれど。


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