真夜中の河原で火花が爆ぜる。焚き火の明かりが、火の前に座る男を照らしていた。その横顔には何の感情も浮かんでいない。スウは彼の顔を一瞥して、隣に腰を下ろした。
「冷えるぞ」
ケビンが低く呟いた。彼の発する冷気を指しての忠告だった。しかし、融合戦士の身なら耐えられないほどではない。今は焚火の暖かさもある。
「火を挟むと話しにくいだろう」
スウがそう言うと、ケビンは怪訝そうな顔をした。夜の河原は静かだ。耳に入る音は、虫の音と川のせせらぎくらいである。それ以前に、たとえ周囲が煩くとも、融合戦士の五感であれば何の妨げにもならない。スウはただ、この穏やかな夜に、男の前に赤々と燃える炎を見たくないと思ったのだ。何万年も溶けない氷のように冷めた男の目に、炎が映るところを見たくなかった。小さな焚火と、あの天を衝く炎ではまるで違うと分かっているが、それでも微かなざわめきがある。ケビンが炎を纏うのは、常に災厄の現場だった。だからこそ炎は幾つもの暗い記憶と結びついている。例えば終焉の戦い、対律者の戦い、スウが天火聖裁を初めて目にした、あの再会の時もだ。炎は決してケビンの氷を溶かしはせず、それどころか、炎が強くなるほどにより冷たく、硬度を増した。
瞼の裏に浮かんだ劫火を振り払うように首を横に振る。
「……気にしないでくれ。それより、今日の話だ」
数万年の眠りから覚めた戦士たちの目下の仕事は、文明の興りを見守ることだった。二人は地上を移動しながら、人の住む村を訪ね、崩壊の兆しがないか観察した。今日は川沿いの小さな村を訪れた。明日も人里を探して、海の方へ降りる予定だった。
「この地域でも少しずつ崩壊病が見られるようになった。崩壊は着実に、この文明を蝕み始めている」
スウたちは、この時代の人々にも、肌を蝕む特徴的な蛍光色の模様が現れたことを確認した。それは崩壊エネルギー濃度が上昇している証拠であり、聖痕が全ての人に適応しないことの証拠だった。崩壊病に一度罹患すれば、治療法は無い。火を追う蛾が残した地下基地には幾らか抑制剤があったが、それを与えることもしなかった。崩壊を促進させてしまう可能性があるからだ。
干渉には慎重にならなければいけないと理解している。しかし同時に、スウにとって、救えるはずの人間を救わないことは罪である。人を救う仕事に就き、人を救うことを執念として生き残り、何万年の時を経ても、未だにこうして罪を重ね続ける。見送ってきた命の数に気が遠くなる思いがした。
「目の前で、同じ時を生きている人間だというのに、手を差し伸べられないのは……いつになっても堪えるよ」
左腕の傷が痛む気がして、もう一方の手できつく押さえつけた。永遠に癒えることのない傷は、スウに罪悪の痛みを教え続ける。それはスウがスウであるための痛みであり、手放してはいけないものだ。
「君は……」
静かに火を見つめていたケビンが、視線はそのままに口を開いた。
「君はこの任務に向いてないと思う」
短い呟きだった。それは単なる指摘か、あるいは気遣いだったかもしれない。感情表現こそ幾分分かりづらくなったが、彼の優しさは変わらないと、スウは知っていた。
「そうかもしれない。でも、きっと誰にだって向いてないんだ。君や、華にだって……」
いずれにしろ、はじめから彼らには選択肢がなかったのである。あの時代で、自らの意志で道を選ぶことは難しかった。生き残った者が、死んだ者の分まで仕事を担う。それが生者の義務であり、誰も逃れることはできない。