数日前から、時折視界をよぎる人影がある。視線を感じたほうを見ると、少し離れたところからこちらを見ている男の姿が幻のようにちらつき、ふといなくなるのだ。腰より長い灰色の髪が特徴的だった。どこか浮世離れした雰囲気を纏って、都会の雑然とした景観にも浮いている。知り合いだろうかと考えても記憶にない。東洋系の外見だからもしかしたらと華に訊ねたが、彼女も知らないという。
彼はなぜこちらを見ているのだろう。ストーカーにしては視線が柔らかい。幽霊の類という可能性もある。今のところ一つ分かっているのは、彼は一人でいるときより、誰かと一緒にいるときにこそよく現れるということだった。今日も、店に入る前、メイと外を歩いていたときに一度彼を見かけていた。
「メイはどう思う?」
「悪意は感じないんでしょう? 困ることがないなら放っておいたら」
メイはそう言ってコーヒーカップに口をつけた。眼鏡の下半分が白く曇る。ケビンはメイの後ろの背景に視線を移した。休日のコーヒーチェーンの混雑した店内に、無意識にあの姿を探してしまう。あいにく、ここは狭い空間に視線と声が重なりあう場所だ。もし彼がいても気づかないかもしれない。軽く息を吐く。
「そうはいっても気になるだろ」
悪いものではないにしたって正体は知りたい。むしろ害がないからこそ目的が気になるのだ。
「じゃあ、話しかけてみたら?」
向かいに座るメイがきゅっと口角を上げた。大きな目には好奇心の光が宿っている。実のところ、彼はメイと一緒にいるときにも何度か現れていた。しかし彼女は一度も彼を見たことがないという。いよいよ幻じみている。だから、
「なんとなく、話しかけたら消えてしまいそうで」
浅い眠りに見る夢のような感覚だった。一度目が覚めたら、二度と続きを見ることのできない夢。
メイがふっと笑う。
「あら、消えてほしくないのね?」
ケビンは目を伏せる。コーヒーの黒い水面に映った自分の顔はぼんやりと揺れていた。
「……どうだろう」
メイと別れ帰路につく。駅前のローターリーは黄昏時にしては空いていた。バスを待つ人々の最後尾に並ぶ。
ケビンはそこでふと、背後からの視線に気がついた。彼が今、後ろにいる。ここまで近いのは滅多にないチャンスかもしれない。そう思えば、ためらう気持ちはどこかに吹き飛んでいた。考えるより体が振り向く。
「なあ! 君は誰なんだ?」