「ケビン。君、もう何日も寝てないんだろう」
腕を掴んで引き止めると、彼はばつの悪そうな顔で振り向いた。廊下を通る職員たちが、物珍しげにこちらを見ながら通り過ぎていく。ここは基地内の訓練室と作戦室の間で、人通りは少なくない。スウが普段立ち寄るエリアではないが、今日はケビンがこの時間に訓練室に向かうのを知っていて、わざわざ待ち伏せていたのだ。
「……問題はない」
目線が微妙に逸れている。どうやら、眠れていないという自覚と、それが医者に注意されるようなことだという認識はあったらしい。
「ないってことはないよ。無理は後から祟るものさ」
融合戦士は普通の人間より丈夫だが、生物である以上、休息が全く必要ないわけではない。ベッドで眠るべきだし、食事も摂ったほうがいいにきまっている。
「前回の検診にも来ていないし、それ以外でも僕を避けてるだろう。僕のところじゃなくてもいいから、検診くらい受けてくれ」
会ってもいないのに彼の不眠を知ったのは、彼の小隊に属する若い隊員が教えてくれたからだ。目の下に隈があるし、いつもより雰囲気が怖い。たぶん休めていないのではないかと。こういった告げ口はたまにある。ケビンに言いたいことがあるが、直接言う勇気のない人が、スウに言いに来るのだ。スウがケビンと親しいのを知っていて、スウの言うことなら聞くかもしれないからと。本当は、いうことを聞かせるならメイに頼んだほうが確実なのだが、多忙を極める重鎮のメイ博士より、医務室か研究室にいることの多いスウの方が話しやすいという事情があった。そして、メイほどではないにしても、スウの言葉にもそれなりに力はある。
ケビンは斜め下を見たまま、ぼそりと言う。
「君に注意されたら、聞くしかなくなってしまう」
「僕以外の医者の言うことも聞きなさい」
言い訳にもならない言い分に呆れて、溜息をつく。つまり、医者の注意など聞く気がないから検診を受けたくないというわけだ。
「とにかく、来てもらうよ」
くい、と腕を引っ張ると彼は抵抗せずついて来た。そのまま医務室に押し込んで、椅子に座らせる。眉を寄せた表情は「逃げたい」と言っていて、病院を嫌がる子どものようだった。検査や処置が嫌なのではなく、説教されるのが嫌なのだろう。しかし小言くらい言わせてほしい。なにしろこの人類最強の戦士は、 自分を大事にするとか、そういった考えを一切持っていないのだ。いつもメイや他の仲間のことばかり見ていて、自分が見えていない。だから、彼の代わりに彼のことを見て、大切に扱って、君は大切に扱われる価値のある存在なのだと伝える人が必要だった。
「今は眠る暇がないほど忙しくはないだろう。眠れないのかい」
「ああ」
「眠るのが不安?」