水を飲みに部屋から出ると、暗いダイニングの中で、キッチンの照明だけが煌々と明るい。時刻は23時を回っていた。誰かいるのか、とキッチンを覗くと、いつものパーカー姿の友人がいた。電子ケトルでお湯を沸かしている。
スウは入り口の壁に凭れて、彼がじっと見下ろしているプラスチックのカップに視線を向けた。
「それ、今週四個目じゃないかい」
声をかけると、こちらを向く。
「どうして知ってるんだ」
「僕が今週ごみ捨ての当番だからだよ」
アパートの共用ごみ箱のごみ捨ては当番制。プラスチック容器のごみは今朝出したばかりだ。あまり量が出ないこともあり、お馴染みのカップラーメンの容器はよく目につく。全部がケビンのものとは限らないがーーメビウスの可能性も高いーー今回は当たっていたらしい。
「さすがに感心しないね。時間が遅くなると食事が疎かになるのは分かるけれど、せめてサラダをつけるとか」
「分かってはいる。でも面倒で」
ケビンはため息をつく。
「君に面倒くさがりの気持ちは分からないさ」
「また、そう突き放すようなことを……」
スウは苦笑した。自分が生活習慣にマメなほうである自覚はある。他人にも自分と同じようにしてほしいとまでは思わない。
「心配はさせてくれ。メイにも気にかけてほしいと言われているし……。もっとも、そんな彼女の方も一人でちゃんと食べているか気がかりだけれどね」
冷蔵庫を開く。作り置きの惣菜を出してあげようとタッパの一つを手に取ると、案の定、軽い。量が半分くらい減っている。またエリシアかフェリスあたりが食べたのだろうか。彼女たちはたまに人の食べ物を勝手につまんでいく。後から何らかの形でお返しはしてくれるが……。
料理ができる住人は少なくないが、それぞれ生活リズムも異なるし、人のぶんまで作ることはそうない。一緒に食卓を囲む機会は、誰かが珍しい食材かパーティ料理を買ってきたときか、料理人の千劫がまれに気が向いて皆に振る舞ってくれるときくらいである。それ以外の日に皆が何を食べているのかは知らないが、部屋に籠もっていることが多い数人の食習慣が適切でないことだけは容易に想像がつく。
「君たち、また僕の知らないうちに連絡を取ってたのか」
ケビンが言った。嫉妬というより、どこか拗ねたような声。スウとメイが自分の知らないところで話していると、仲間外れにされたようで寂しいのだ、というのは酔ったときの彼の言である。
メイとはケビンの話の他にも、趣味や学術的な話もする。この辺りを伝えても余計寂しくさせるだけだろうから、スウはふふと笑って誤魔化した。
カチン、とケトルのボタンが戻る音がした。蓋は開けてしまったカップラーメンは食べてもらうほかない。加えて、多少の副菜を出すことにする。大豆のトマト煮を鍋に少量出して温めている間に、玉ねぎのマリネを器によそう。